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ARGフォーラム 感想など


第1回ARGフォーラム
「この先にある本のかたち-我々が描く本の未来のビジョンとスキーム」
http://sites.google.com/site/argforumsite/home

行ってきましたのでレポートをば。

他にもレポートは既に多く上がっています。
みんな仕事早いねえ。

しかし今回のレポートは我ながら長い。9000字も書いてるw

眠気を誘うと思われますので、
寝る前に読むことをお勧めします。

Twitterでもいろいろ面白いコメントが流れていたようですが、リアルタイムではイーモバイルがうまくつながらなかったため確認できておりません。一般の率直な感想はそっちを見た方がよさそう。

以下●のパラグラフがどろぶね個人のコメントです。なにやらえらく哲学的な部分がございます。

☆基調報告:長尾真(NDL館長)

本が解体されて、目次・パラグラフレベルで扱うようになるという話と、デジタル化時代の出版者と図書館のモデル図について。
言ってることはいつもと同じなので、モデル等の仔細は省略。

インターネットの登場により、情報流通は一部の著者から大多数の読者という一方通行から誰でも発信できる双方向へと変化

電子図書館の時代
・デジタル化の進展
・デジタルしかない出版物
・インターネット上の情報の収集と利用→信頼性の高い情報の収集が求められる

デジタル化の利点
「デジタル化すれば、書誌情報の大部分は自動付与できる。キーワード自動抽出、自動分類付与、関連図書へのリンク付けもすべて自動でできるようになる」

●んなばかな、と素人としては(いつものことだが)思う。テキストのうち、何がタイトルで何が目次で何が著者で、っていう意味論の世界をどうやって自動で処理するんだろう?いつもそこがわからない。自然言語処理の意味論、誰でもいいから教えてほしい。

●あ、目次には「目次」って書いてある、とか、1.、2.・・・ってあったら章立て、とかそういうのはなしね。それはそういう「形式」を処理しているだけだから。そういう形式の中に落とし込んだのが目録やメタデータだと思うので、メタデータが自動付与できるというのであれば、コンテンツのテキストから(そしてそれだけから)、例えば目次がどのように提示されていても(「目次」って書いてあってもなくても、あるいは「本書の構成」とか書いてあってもなくても、つまり目次がテキストの中でどんな「形式」で示されていても)そこが目次であると(そしてそれ以外の箇所は目次ではないと)判断できなければいけないと思うのだが、そんなことができるまでに自然言語処理というのが進んでいるなら是非教えてほしい。

検索の単位が異なる
 図書の単位だったものが章、節、パラグラフといった単位になる。目次に従って階層構造を検索することで、読みたいところだけを読むことができる。

●検索の単位が図書のレベルからより細かいものになってきている(というかなるべきである)というのはそうだと思うが、FRBRでいう「著作」のレベルを把握したうえでないと危険ではないかと個人的には思う。
●というのはコンテンツ、テキストというのは単なるデータではなく、テキストにはコンテキストがあるということ。コンテキストを無視して引用や編集を行うことは、マスコミではよく行われており、インタビュー記事などで、発言者の意図と違う使われ方をして問題となることがよくあると聞く。政治家や企業トップの発言の一部だけを使って批判するようなやり方もまたしかり。
●そのような(引用者が引用したいところ「だけ」を読んで使うという)使われ方が増えると、例えば反語的な表現は使えなくなるだろうし、自分と異なる意見をそれこそ引用できなくなってしまう。そこだけ読まれて使われてしまったら困ることになるから。自分の主張以外のものを論述の中に含むことが、リスクが大きすぎてできなくなってしまう。これは説得力のある論証をする上での大きな制約となるのではないか。
●したがって「読みたいところだけを読むことができるようなる」というのは、便利ではあるし必要かも知れないが「読みたいところだけを読む」という読みの姿勢には賛同できない。
●仕組みの問題というより、読む側の問題か。
●つまり、これはテキストの全文検索や目次を階層化することができなくてよいという意味ではないし、テキストの一部を取り出すことができなくてよいという意味ではない。文脈を無視できるデータだったり、事実報告であれば「読みたいところだけ」で十分な場合もあるし、文脈がわかっている資料について、ピンポイントで引用したい箇所を探すことができるというのは有用だと思うので誤解なく。

過去の成果の上に新しい成果が生まれる=過去の必要なところを切り取って編集し、新しい観点から再構成すること

●「読みたいところだけを読む」という姿勢は「新しい観点からの再構成」という行為を無意味にする。「読みたいところだけを読む」ということは構成を無視して部分だけを読むことが可能ということであり「再構成」された「構成」が読まれることにはならないからだ。まあ、前段と言いたいことは同じ。
●「読みたいところだけを」読めるようになることは必要かもしれないが「読みたいところだけ」しか読まないという姿勢は、恣意的な読みや引用を助長するようにも感じられ、必ずしもそれが創造性につながるとは思えない。新しいものを創造したいのではなく、既に結論があってそれに向けて材料を引っ張ってきたいだけに聞こえる。
●もちろん必ず全部通して読まなければいけないということではないので念のため。最初に書いたようにテキストにはコンテキストがあり、それを無視しては意味は取り出せないのだから、読みたいところだけを読むというのは危険であろうということ。
●テキストや意味というものに関する言語観が多分違うのだな。

「情報検索」から「事実・知識検索」へ
情報検索=解答が含まれているドキュメントを取り出す
知識検索=解答そのものをドキュメントから取り出す。

●これも違うと思う。解答そのものをドキュメントから取り出すのは人の世界の出来事。ドキュメントから取り出したものはそれだけでは解答ではなく、それにどのような意味を人が与えるかが解答を構成する。
●可能なのは、解答が含まれているドキュメントを、よりピンポイントで取り出せるということだ。

電子図書館が自由に利用できるようになると出版事業が成り立たなくなる。なので、ビジネスモデルの提案をしている。

●このビジネスモデルは図書館がいなくても成り立つ。つまりコンテンツと作者(著者)と販売者(出版者)と利用者、それに権利と課金処理のスキームがあれば、ビジネスは成立する。ということは、図書館がコンテンツの保存ということをキーにモデルに組み込まれるためには、図書館側が相当積極的にかかわらなければ(あるいは法的に組み込まれなければ)いけないのではないか。「提案」や「協力」ではすまないだろうというのは、以前に書いた通り。しかし図書館が出版のビジネスモデルに積極的にかかわっていくということは、図書館が無料で公共に奉仕するのが基本であることから、それはそれで難しいように思われる。図書館側もNDLだけでなく(サービスのインターフェースとしての)公共図ということも考えると全然一枚岩ではないし、統一した意思決定ができるわけでもないし。
●とはいえ、図書館においてデジタル化やデジタルコンテンツの提供サービスを充実させていくことはデジタル化が進む環境下では避けて通れないことから、図書館が取り組まないわけにはいかないと思う。

●これに関しては考えることがいろいろある。とりあえず箇条書きメモ
 ・国としてのデジタルコンテンツ戦略(の問題として考えるべきではないか)。
 ・デジタルの世界における図書館の役割(を具体的に示して理解を得ていかないと、無料貸本屋さん批判と同じことがデジタルでも起こってしまう、あるいは、デジタルの世界で無料貸本屋を再現させないために図書館におけるデジタルコンテンツの利用が非常に制限された不便なものになる、のではないか。)
 ・図書館と出版ビジネスが両立するための前提条件(って何だろう。それは紙だから成り立っていたのであって、デジタルの世界では成り立たないのでは、という根本的な疑問)
 ・デジタルになることの利点とそれを生かせる利用の態様と権利保護との相克(どうやって折り合いをつけるのか)


☆金正勲(慶應義塾大学)

話は3点
1.電子図書館といっても、様々な形態がある。分類するための基準軸とその組み合わせについて
 公共-民間
 営利-非営利
 中央集権型-分散型
 開放-閉鎖

例えばGoogle Book Searchは民間-営利-中央集権-開放といった感じ。

2.Google Book Searchがもたらしたもの
 GBSが提起したのは、本質的にはopt-outを制度的に容認するかどうか、という問題。
 GBSはopt-outを採用した。

 要事前許諾 = opt-in → 利用者の負担大
 事前許諾不要 = opt-out → 権利者の負担大

 電子図書館の実現にあたって、どうするかという点では、
 opt-in、outにかかる費用便益分析が必要。
 一般に
 opt-in:権利処理費用=(利用する側の権利情報に関する)検索+(権利者の意向の)確認+(公開に向けての)交渉
 opt-out:権利処理費用=(権利者側の自分の著作に関する)監視+(利用者に対する)通知+交渉
 という費用がかかる。

→費用の負担主体が異なる。
 opt-in:コンテンツの利用者
 opt-out:権利者

 opt-in、outの議論をする際にはこの費用と便益の比較分析が必要。やり方としては個別に許諾、フェアユース、(権利の)集中管理、電子図書館を特例化、法定許諾制度・補償金制度といったものがある。

●費用負担が権利者側にあるというのは、オープンアクセスにおける著者負担モデルと似ていると思ったが大事なところで全然違うことに後から気がついた。著者負担モデルが、単に費用負担を著者側に移しただけであって、基本的に利用に先だって(事前に)支払が行われていなければ(オープンには)利用できないというのに対し、opt-outは補償金制度を設けたとしても、そうした対価の支払いは事後のことであり、費用負担以前に利用が開始できるという点で大きく異なる。そういう意味では金先生の言う通り、opt-outを容認するかどうかというのはコンテンツの利用という面からは非常に大きなポイントであろう。

3.韓国における取組
 96年から電子図書館に取り組む
 2000年に著作権法を改正。図書館内・図書館間の伝送、複製について図書館の免責を無制限に容認
 2003年再度著作権法改正。2000年改正では行き過ぎということでバランスをとるものに
 →図書館内と図書館間を区別。図書館間の複製には免責となるための条件を新設=発行後5年経過していることと補償金の支払い。図書館内においては、デジタル化はできるが、閲覧数を所蔵部数(あるいは許諾を得た数)に制限、アナログに出力する際に補償金を支払う(非販売資料は除く)、複製防止、暗号化、課金管理等の仕組みを設ける。

 補償金制度:電子図書館の推進と権利保護を目的。閲覧、複製は無料。出力時に5won/pageまたは20won/ファイル(1冊または1記事)。伝送権管理センターにて管理

 (電子図書館の)政策目的=デジタル化資料の利用と保有の推進、権利保護のバランス。
→提言:公共図書館の場合には、opt-outを採用し、補償金制度の導入をすべき。


●全体として整理されたわかりやすい議論であった。ただ話が少し早かった。時間の関係だと思うが。

☆津田大介(ジャーナリスト)

40代以上のライターはどうするか←仕事が減ってくる
作家になる/専門分野で第一人者となる/編集プロダクションをつくる

→書き手の収入と出版者の利益をどうするかが問題

音楽業界との比較
コスト構造の違い:CDの場合物理的コストは60円ぐらい。印刷された本は紙や印刷代が30~60%を占める。
本の場合にパッケージとコンテンツが一体化しているということの意味。複製もしにくい。

Twitterの経験から、リアルタイムをテキスト化することには価値がある。情報の仲介業としての役割があるのではないか。専門家の知識をコミュニティ化、SNS化していく

ipod=ライフスタイルの提案がうけた。本もライフスタイルを変えるような提案ができれば。

●正直だらだらだらっと話す感じで何処がポイントなのか非常につかみづらかった。ので記載が極小。

☆橋本大也(IT起業家、書評ブロガー)
書評ブロガ―として読み手であり書き手。
年間500冊ほど買ったりもらったり。その内2割ぐらいが献本。300冊読み200冊ぐらいをBlogに書く。フィードバックをもらう。

●自分が年間何冊買っているか気になった。まあ、週10冊も買ったりはしないので500には遠く及ばないが。

電子図書館ということだが、最大の電子図書館はインターネット。民間、市場ではデジタル化はどんどん進む。そうしたグローバルな環境の変化に対応して、公共図、出版者、著者の役割の再定義が求められている。

●この「役割の再定義」というのをもっと考えんといかんなあと思った。

提言
・教会的な物理的空間としての図書館
 情報による救済と癒しの場であってほしい。

・印税が9割になる出版モデル
 現状:数千部以下×1500円ぐらい×8~10%→1冊書いても100万以下。
 これでは食べていけない。年10冊以上書く人もいるが中身は薄い。
 デジタルで直販すれば、この構造が変わるのではないか。
 著作で生活できる人が増えれば、コンテンツが充実する。

・有益な書評が見つかる仕組みの構築
 はずれはひきたくない
 新聞書評は良いがアカデミズムの中の諸々があって一般にとっては枝葉末節な批判であることも。
 Amazonはひどい。信者やアンチが不当に評価を上げたり下げたりしている。
 本の面白さは、動機付け、未知のことがある、難易度、趣味が自分に適合していることなどによる。
 図書館は公共性を生かして書評を集約してほしい。

●はずれは引きたくないというのは同感だが、何が有益な書評かというのは難しい問題。例えば「情報考学」は書評の内容もさることながら、どろぶねが普段見ない本が紹介されることが多いので、そういう点でも有益。(でもそこから買った事は多分ないw)結局、実物見ないと買わないというアナログ世代。(ちなみに2009年に入ってからAmazonで買ったのは25冊だけでした。リアル書店ではもっと買ってる。)

・著者に、より多くのフィードバックがある世界
 紙だとなかなか得られない。ネットは感想が可視化されやすい。

・永久アーカイブとしてのNDL
 個人の記憶と記録としての電子アーカイブ、個人の人生の記録を永久保存する仕組みができるとよい。日本語のコンテンツをすべてアーカイブするなど。

●NDLに期待してはいけません。

●さてこの後が討論、ということなのだがいまいち盛り上がりきらなかった感がある。もう少し長く時間がほしかったのと、論点、出てきたことを整理してまとめていくことが必要だったなと。

岡本真(ARG・主催者)
このフォーラムの趣旨:googleの問題について。出版業界では現状への対応の話ばっかり。出版の未来を考えないといけない。出版業界でのこういうイベントで出てくるのは50代の人が多いが、ぶっちゃけ50代にとってデジタルは関係ない。50代がいるうちは出版者はなくならないから。でも30代やそれ以下にとってはどうか。長尾館長以外は若手で。産業構造、政策課題、情報技術がわかる現役の書き手を集めた。
まずは長尾館長から他の方のプレゼンについて

長尾:opt-in、outについてはもっと議論する必要がある。日本で補償金制度を導入できるような予算が確保できるか、権利者や利用者の間でコンセンサスが得られるか、JASRACに類似したようなものが作れるのか。音楽の世界は図書館に相当するものがない世界なので、図書館をいれたモデル化ができるか。
津田さんの話について、どういう流通モデルにするか。著者と出版者が利益を得られるようにしないといけない。紙の消費や印刷コストについては、環境問題やエネルギー問題としても考える必要があり、その点でもデジタル化は必要。
永久アーカイブとしてのNDLについて。数年前にすべてのWeb情報を収集することを目指したが、違法なコンテンツの問題などから頓挫した。その結果国に関係したWebを集めるということになったが、本当は網羅的にやりたいし、やる必要がある。

●JASRACモデルっていいのか?opt-outと補償金制度って一見良いようにも思えるのだが、JASRACを考えると手放しで賛成できないなあ。あ、これは長尾モデルでも同じか。権利・課金処理をするところがものすごい利権団体になりそうで。下手したら引用するにも金が要るとかいう世界になりかねないというのは考えすぎだろうか。

金:opt-in、outの議論が必要というのは同感だが、議論だけではどうか。既に隣の国では9年前から取り組んでいる。日本では今からスタート。このタイムラグの問題は大きい。
補償金は利用者が出すもので、予算的な問題はあまりないと考える。
コンセンサスというのは難しい問題だが、議論だけではなく政策的な判断が必要となってくる。日本ではすべての領域においてコンセンサスがないと物事が進まないが、それはすぐには変わらないので、政策的な働きかけをしていくことが必要ではないか。

●答えにくい時、もっと議論する必要がある、とまとめるのは常套手段。議論だけじゃだめで政策的判断が必要というのには激しく同意。その意味で、せっかく日経とか興味を示しているんだから、本気ならもっとうまく使わないと。あちこちで同じ話をするだけでは多分(良い方向には)進まない。

津田:日本においては権利が邪魔してきている。GBSについて個人的には賛同。流通の環境が変わってくる中で現行の制度では追いつかないモデルがいろいろ出てくるだろう。その時に権利者としては、権利を捨てる必要はないが、一旦保留するという態度も必要ではないか。そのうえでビジネスモデルとして乗れるものがあれば乗っていく。日本の出版業界からGBSのような新しいモデルの提案がないのが残念。Googleに全部持っていかれてしまう。政策的には対応力を持ってほしい。権利が流通の邪魔をしない、製作コストを下げる、という2点が政策的な課題だと思う。

●権利が「邪魔」というのは、著者がいうから許されるのであって他の人がいったら叩かれるのかもね。

橋本:GBSは出た時はすごいと思ったが、実際にはあんまり使っていない。
書籍はランダムアクセスには向いていないのではないか。他方でWebはランダムアクセスに向いており、実はGBSのようなものが進んでも文化的にはあまり問題ないのではないかと思うがどうか。

●これは実は最初の長尾館長の話(書物を解体するという)に関する重要な異議だと思うのだが、だれも触れなかった。残念。

金:デジタルの流通が進むことによって、1つの図書館が50、100の図書館の機能を果たせる。どこに住んでいても情報へのアクセスが可能になる。図書館がそのようなサービスを提供するというのは、図書館の持つ重要な、本来の役割だと思うので、その点でデジタル化には非常に意義がある。

岡本:こういうフォーラムを開くと、同じ議論になってしまうことがある。そうならないよう今後の論点となるものを決めたい。opt-in、outについて、NDLの近代デジタルライブラリーが15~16万冊のデジタル化された画像を提供している。これは著作権者を調査し、見つからないものは文化庁長官の裁定を受けて公開している。これが1冊あたり1255円、著者1人あたり2300円かかっているということである。こうしたデータを見ながら議論していく必要がある。
印税9割という話については、もし本当に9割になったら、明日からそれに全力投球する。今はそれよりもこうしたフォーラムを開く方がメリットがありそうだが、それが変わる。どうしたら90%になるか。

●結局論点の構築には失敗した感が。正直フロアからの質問とかいらんので、きちんと今日の成果(というものがあったかどうかわからないが)をまとめたほうがよかったのではと思う。次につなげるという点で。

橋本:基本的にはファンを作ることが必要。ファンのコミュニティに対して直販する。あとはテーマセントリックにやること。学術書やサブカルチャーの場合はニッチなテーマでもいけるのではないか。津田さんなんかファンをつかんでやっているのでは。

津田:90%といかないまでも50-50の関係にならないかと思っている。対等な関係。取材や訴訟リスクなど個人では難しいことを出版者や編集がやっている。個人だとこうした検証の機能がない。このような出版の機能を機能化して提供できるようにならないか。著者に対するエージェント、パブリッシングマネージメントのようなこと。

金:90%でもなんでも市場原理で決まるのであれば、どうでもよい。現状出版者が9割取るだけの価値がないというのなら出版者なしでやって成功事例ができれば、フォロワーが出てくる。議論だけしてもしょうがないのではないか。

フロアからの質問については、あまり興味がなかったので割愛。

●で、こうして追ってくると、最初の長尾館長の話はどこいったと。

●全体を通しての感想
●図書館と著者・出版者の間は遠い。本や出版、デジタルの未来を語ろうという時に、長尾モデルの提案は枕にしかなっていない(と感じた。議論の叩き台にもなれていないように思う)。
●デジタルな世界の「本」の未来について、図書館が関わりたいと思うならば、岡本さんの言ではないが、産業構造、政策課題、情報技術がわかる図書館員でなければ同じフィールドで議論できないだろう。とりわけ政策課題を意識できている図書館員は少ない(と思う)。
●ということで、図書館側は、こうした事態の進展に関してどうするのか。つーかどうしたらいいのか。放っておくと取り残されるだけではないか。といってまとまって対応できるわけでもなし。
●全体司会の方。ちょっと噛み過ぎでは(笑)

まあ、最後のは蛇足として、いろいろと考えることはありますよ。その意味で図書館業界内でのこの件に関する議論が足りない気がするな。それとも土屋先生みたいな意見がファイナルアンサーで、長尾館長が一人騒いでいるだけということなのか。
うーむ、まだよくわからん。

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[編集日誌][ARGフォーラム]2009-08-19(Wed): 第1回ARGフォーラム「この先にある本のかたち-我々が描く本の未来のビジョンとスキーム」への皆さんの感想(1)

2009-08-17(Mon): 第1回ARGフォーラム「この先にある本のかたち-我々が描く本の未来のビジョンとスキーム」 (於・東京都/学術総合センター 一橋記念講堂) http://sites.google.com/site/argforumsite/ に参加した方々、会場参加はできず様々な中継を経て参加した方々の

[図書館][シンポジウム]ARGフォーラム「この先にある本のかたち」に行きました。

第1回ARGフォーラム「この先にある本のかたち」(長尾真 国会図書館長×金正勲・津田大介・橋本大也+内田麻理香)に行ってきました。 詳細な報告はかたつむりさんとこにあります。 いつもありがとうございます。 以下は感想です。 自分が取ったメモを元に興味を持ったこと

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