そろそろカーリルについて一言いっておくか
職場の周囲では誰一人話題にしないが、カーリルがちょっとした話題を集めている。
http://calil.jp/
カーリルとは何か、は使ってもらえばわかることだし、デザインやインターフェースなど、カーリルの良い点は既に多く語られている。ここでは、個人的に気になった点を指摘しておこう。誤解のないように書いておくと、これはカーリルが駄目だとか言いたいわけではない。また、中の仕組みを知っているわけではなく、外から見た挙動から判断していることをお断りしておきたい。
「カーリルとは?」によると「カーリルは、一度の検索で、複数の図書館の蔵書とAmazonのデータベースを同時に検索するMixed Search検索を実現しました。」とのことである。しかし挙動を見る限りにおいて、これは正確な表現ではないと思う。
一例を挙げよう。
『児童虐待死亡ゼロを目指した支援のあり方について : 東京都児童福祉審議会児童虐待死亡事例等検証部会報告書』という資料がある。東京都立中央図書館で所蔵しているものだ。都立図書館の蔵書検索で見つかる。都立図書館での資料IDは5016751269で、請求記号はT/369.4/5165/2009。ちなみにNDLにも所蔵はあるので、詳細な書誌事項は NDLなり都立図書館なりのOPACで確認できる。
カーリルで(都立中央図書館を設定して)これを探してみてほしい。
結果は「関係する本がみつかりませんでした。」となる。注意してほしいのは、「所蔵なし」と表示されるわけではないことだ。通常カーリルでは、所蔵がない場合も簡単な書誌事項(と書影)が表示され、登録している図書館の所蔵が貸出可、所蔵なしなどと表示されるが、これはそうではない。
なぜこうなるか。カーリルの内部の仕組みは知らないので推測になるが、答えは簡単で、「Amazonにデータがない」からだ。Amazonを直接探してみてほしい。出てこない。
※ISBNがないと検索できない、という誤解をしている人がいるようなので、書いておくと例えば『東京の公共図書館―貸出しをのばすための実態調査報告 (1969年)』等はISBNがないが、カーリルで検索できる。所蔵は確認できなかったが。
数例しか確認していないので、反証が出てくれば一発でこけるのだが、上記の説明とは違いカーリルは次のような挙動をしているように思われる。
・入力語に対して「Amazon」を検索 → Amazonになければ「みつかりませんでした」
・Amazonにあれば、その検索結果(ISBNがあっても所蔵確認に失敗することがあるので、タイトルではないかと思っているが未確認)を使って、図書館の所蔵を検索
・結果を併せて表示。
カーリルで、まず書誌・書影が表示された後、追って所蔵状況が出てくるようになっていることはこの傍証である。また表示順もAmazonの検索結果と同じようだ。これは完全な結果が出てくるまで何も表示しないのと比べればはるかにユーザ志向で良いと思う。所蔵確認にはどうしても時間がかかってしまうので、妥当な動きであろう。
しかし、おそらくはAmazonの検索が先に行われていることが必要な、ある種の線形性を持った仕組みだと思われる。1回の検索操作に対しては確かに同時かもしれないが、Amazonの検索結果が最終的な結果を左右する上記のような事例がある以上、「同時に」図書館の蔵書も検索していると言うのは不正確だと思う。
だとすると「全国の図書館の蔵書情報と貸し出し状況を簡単に検索できるサービスです」というのも不適当であろう。ここで検索しているのはAmazonの取り扱い商品であり、Amazonにないものは図書館の蔵書であっても検索できていないからだ。
Amazon の検索結果に対して、図書館所蔵を表示させるグリモンやブックマークレットはこれまでにもあった。カーリルはそれと同等以上のことを全国区で(かつユーザの利用状況や利用先図書館に対応して)実装したという点で画期的であるが、図書館の蔵書情報=何を所蔵していて何を所蔵していないか、がわかるとは限らない以上、図書館の蔵書検索を標榜するのは不適当だと思う。
さて、ここで、これが何を意味しているかを考えるといささかの危機感を覚える。
カーリルでは、Amazonにデータがあれば(図書館の所蔵の有無にかかわらず)資料そのものが存在する(していた)ことはわかる。しかしAmazonにデータがなければ、単に図書館に所蔵がないということではなく、そういった「資料そのものが存在しない」かのように見えてしまうのだ。
しかし実際には先にみたように、カーリルで「見つかりません」と出ても図書館に所蔵があるものは存在するし、利用可能である。Amazonのデータは図書館の所蔵資料を包含していないにもかかわらず、Amazonのデータをベースに検索しているため、こういうことが起こる。
カーリルが出来、そして注目を集めたことで、今後類似のサービスやより発展したサービスが提供される可能性は否定できない。おそらくそのベースに使われるのはカーリルと同じくAmazonということになろう。そして、現在の図書館OPACの貧困さを考えれば、利用者が使う事実上のインターフェースがそうした Amazonベースのサービスになっていく可能性は高いし、大多数のユーザのほとんどの利用にはそれで差し支えない。しかし例えば貴重書や郷土資料、行政資料などはAmazonでの扱いはないかもしれないが、図書館で所蔵していることはあるし、館ごとの特色を出せる部分でもある。Amazon以上にニッチなニーズにも対応していくのが図書館でもある。しかし図書館の蔵書を検索するとうたっているカーリルのようなサービスで、それが「存在しない」ように見えてしまうとすると、手放しで喜べるものではない。
いずれ「カーリルでヒットしない本は(図書館にもないので)どこにもない」という壮大な誤解が常識になってしまうかもしれない。
※これをAmazon八分とかカーリル八分とか呼んだら流行るだろうか、いや流行るまい。
カーリルのPOPなインターフェースは、やはり今の図書館では真似できないものでもあるし、すごいと思うのも、図書館界の中からこういったものが出てこないのを嘆く声もわかる。しかし、だからといってじゃあこれと連携すればよいとか、あるいは負けないものを作ろうとかというのは、どこか浅薄な情緒的反応に思える。もちろん自館のサービスにどう展開するかを考えたうえで連携していくということはありうるわけだが、しかしAmazonのデータをベースにするシステムの危うさには、図書館であればもっと注意してもよいと思う。
個人的にカーリルを踏まえて注目しなければいけないと思っているのは、(あまり期待はしていないが)この動きである。
日本全国書誌の在り方に関する検討会議について
http://www.ndl.go.jp/jp/library/data/jnbconf_20100303.html
カーリルのようなサービスの基礎となる書誌情報をAmazonに依存してしまっていることが、問題の一因であることを思えば、「我が国における出版・書誌情報における基本インフラ」を考え直すことは重要である。
「日本全国書誌とその機械可読版であるJAPAN/MARCがより広く活用されることを目的として」という時点でorzとなってしまうし、確認事項とかみても誰も反対しないようなお題目が並んでいるだけ。今後何をどう検討して、どういう成果をあげるつもりなのかさっぱりわからないので期待できないのだが、全国書誌とかJAPAN/MARCをどうこうしようというレベルではなく「我が国における出版・書誌情報における基本インフラ」をきちんと考えてほしい。そのためにはNIIをこの検討に加えない理由がない。現状書誌情報のインフラとなりえているのはJAPAN/MARCではなく、TRCMARCと NACSIS-CATなのだから。
変な方向に議論が進んだり、ねじまげられたりしないことを願うのみである。
http://calil.jp/
カーリルとは何か、は使ってもらえばわかることだし、デザインやインターフェースなど、カーリルの良い点は既に多く語られている。ここでは、個人的に気になった点を指摘しておこう。誤解のないように書いておくと、これはカーリルが駄目だとか言いたいわけではない。また、中の仕組みを知っているわけではなく、外から見た挙動から判断していることをお断りしておきたい。
「カーリルとは?」によると「カーリルは、一度の検索で、複数の図書館の蔵書とAmazonのデータベースを同時に検索するMixed Search検索を実現しました。」とのことである。しかし挙動を見る限りにおいて、これは正確な表現ではないと思う。
一例を挙げよう。
『児童虐待死亡ゼロを目指した支援のあり方について : 東京都児童福祉審議会児童虐待死亡事例等検証部会報告書』という資料がある。東京都立中央図書館で所蔵しているものだ。都立図書館の蔵書検索で見つかる。都立図書館での資料IDは5016751269で、請求記号はT/369.4/5165/2009。ちなみにNDLにも所蔵はあるので、詳細な書誌事項は NDLなり都立図書館なりのOPACで確認できる。
カーリルで(都立中央図書館を設定して)これを探してみてほしい。
結果は「関係する本がみつかりませんでした。」となる。注意してほしいのは、「所蔵なし」と表示されるわけではないことだ。通常カーリルでは、所蔵がない場合も簡単な書誌事項(と書影)が表示され、登録している図書館の所蔵が貸出可、所蔵なしなどと表示されるが、これはそうではない。
なぜこうなるか。カーリルの内部の仕組みは知らないので推測になるが、答えは簡単で、「Amazonにデータがない」からだ。Amazonを直接探してみてほしい。出てこない。
※ISBNがないと検索できない、という誤解をしている人がいるようなので、書いておくと例えば『東京の公共図書館―貸出しをのばすための実態調査報告 (1969年)』等はISBNがないが、カーリルで検索できる。所蔵は確認できなかったが。
数例しか確認していないので、反証が出てくれば一発でこけるのだが、上記の説明とは違いカーリルは次のような挙動をしているように思われる。
・入力語に対して「Amazon」を検索 → Amazonになければ「みつかりませんでした」
・Amazonにあれば、その検索結果(ISBNがあっても所蔵確認に失敗することがあるので、タイトルではないかと思っているが未確認)を使って、図書館の所蔵を検索
・結果を併せて表示。
カーリルで、まず書誌・書影が表示された後、追って所蔵状況が出てくるようになっていることはこの傍証である。また表示順もAmazonの検索結果と同じようだ。これは完全な結果が出てくるまで何も表示しないのと比べればはるかにユーザ志向で良いと思う。所蔵確認にはどうしても時間がかかってしまうので、妥当な動きであろう。
しかし、おそらくはAmazonの検索が先に行われていることが必要な、ある種の線形性を持った仕組みだと思われる。1回の検索操作に対しては確かに同時かもしれないが、Amazonの検索結果が最終的な結果を左右する上記のような事例がある以上、「同時に」図書館の蔵書も検索していると言うのは不正確だと思う。
だとすると「全国の図書館の蔵書情報と貸し出し状況を簡単に検索できるサービスです」というのも不適当であろう。ここで検索しているのはAmazonの取り扱い商品であり、Amazonにないものは図書館の蔵書であっても検索できていないからだ。
Amazon の検索結果に対して、図書館所蔵を表示させるグリモンやブックマークレットはこれまでにもあった。カーリルはそれと同等以上のことを全国区で(かつユーザの利用状況や利用先図書館に対応して)実装したという点で画期的であるが、図書館の蔵書情報=何を所蔵していて何を所蔵していないか、がわかるとは限らない以上、図書館の蔵書検索を標榜するのは不適当だと思う。
さて、ここで、これが何を意味しているかを考えるといささかの危機感を覚える。
カーリルでは、Amazonにデータがあれば(図書館の所蔵の有無にかかわらず)資料そのものが存在する(していた)ことはわかる。しかしAmazonにデータがなければ、単に図書館に所蔵がないということではなく、そういった「資料そのものが存在しない」かのように見えてしまうのだ。
しかし実際には先にみたように、カーリルで「見つかりません」と出ても図書館に所蔵があるものは存在するし、利用可能である。Amazonのデータは図書館の所蔵資料を包含していないにもかかわらず、Amazonのデータをベースに検索しているため、こういうことが起こる。
カーリルが出来、そして注目を集めたことで、今後類似のサービスやより発展したサービスが提供される可能性は否定できない。おそらくそのベースに使われるのはカーリルと同じくAmazonということになろう。そして、現在の図書館OPACの貧困さを考えれば、利用者が使う事実上のインターフェースがそうした Amazonベースのサービスになっていく可能性は高いし、大多数のユーザのほとんどの利用にはそれで差し支えない。しかし例えば貴重書や郷土資料、行政資料などはAmazonでの扱いはないかもしれないが、図書館で所蔵していることはあるし、館ごとの特色を出せる部分でもある。Amazon以上にニッチなニーズにも対応していくのが図書館でもある。しかし図書館の蔵書を検索するとうたっているカーリルのようなサービスで、それが「存在しない」ように見えてしまうとすると、手放しで喜べるものではない。
いずれ「カーリルでヒットしない本は(図書館にもないので)どこにもない」という壮大な誤解が常識になってしまうかもしれない。
※これをAmazon八分とかカーリル八分とか呼んだら流行るだろうか、いや流行るまい。
カーリルのPOPなインターフェースは、やはり今の図書館では真似できないものでもあるし、すごいと思うのも、図書館界の中からこういったものが出てこないのを嘆く声もわかる。しかし、だからといってじゃあこれと連携すればよいとか、あるいは負けないものを作ろうとかというのは、どこか浅薄な情緒的反応に思える。もちろん自館のサービスにどう展開するかを考えたうえで連携していくということはありうるわけだが、しかしAmazonのデータをベースにするシステムの危うさには、図書館であればもっと注意してもよいと思う。
個人的にカーリルを踏まえて注目しなければいけないと思っているのは、(あまり期待はしていないが)この動きである。
日本全国書誌の在り方に関する検討会議について
http://www.ndl.go.jp/jp/library/data/jnbconf_20100303.html
カーリルのようなサービスの基礎となる書誌情報をAmazonに依存してしまっていることが、問題の一因であることを思えば、「我が国における出版・書誌情報における基本インフラ」を考え直すことは重要である。
「日本全国書誌とその機械可読版であるJAPAN/MARCがより広く活用されることを目的として」という時点でorzとなってしまうし、確認事項とかみても誰も反対しないようなお題目が並んでいるだけ。今後何をどう検討して、どういう成果をあげるつもりなのかさっぱりわからないので期待できないのだが、全国書誌とかJAPAN/MARCをどうこうしようというレベルではなく「我が国における出版・書誌情報における基本インフラ」をきちんと考えてほしい。そのためにはNIIをこの検討に加えない理由がない。現状書誌情報のインフラとなりえているのはJAPAN/MARCではなく、TRCMARCと NACSIS-CATなのだから。
変な方向に議論が進んだり、ねじまげられたりしないことを願うのみである。